『学び合い』小学校高学年の実践記録(過去記事再編)
今まで7年間小学校で『学び合い』を実践してきました。
いろんな実践も試したし、右往左往もしたと思います。
昨日『学び合い』仲間と話しているうちに、
「教科の本質を考える時期あったなあ」
「あれ、いつそれが教科書に戻ってきたんだっけ」
「昔と今の『学び合い』と何が違うんだろう」と思いました。
そこで、今回は高学年の社会科で『学び合い』を実践したことを
ふりかえりたいと思います。7年間の実践のうち4回が高学年、すなわち「5、6年生」です。まず、社会科の授業でどんな課題を出していたかというと、
2回目(6年生)・・・教科書◯ページをまとめる
3回目(6年生)・・・教科書○ページの内容を理解する。(その中でいくつか、関所をつくる)
4回目(5年生)・・・教科書○〜○ページの内容を理解する(その中で、細かく関所をつくる)
こんな感じです。
※1回目の5年生は、社会科の実践が少ないの除外
絵で書いたらこう。
2回目の実践(6年生)
2回目の社会科実践は、ものすごくざっくりしていました。
ゴールは「みひらきにまとめる」で、問いもなければ、何がいいかも分からない。押さえるべきことは何で、何を考えればいいかもない。
実践しながら、「これは次する時になんとかしなきゃいけないな〜」と思いながらいたのですが、今でこそ思うのが「面白かった」実践です。
子どもたちが黒板に指定したページの内容をガンガンまとめていましたし。あとにも先にもこんなことをしたのは、この子たちだけです。
この子たちだったからできたのか、こんなざっくりとした課題だったからできたのか・・・今でも定かではありませんが、毎時間子どもたちが何をやってくれるのか、楽しみでした。また、資料を持ってくる子や、塾で習ったことを語る子など、教室の各地でアツい話になっていました。
でも、やっぱり思いました。
「自由すぎるよなあ」と。この『学び合い』を始めた時に、「何をすればいいか分からない」と不安になっていた子もいたし、時間内に全然終わりませんでした。意外とテストの点数もよかったのですが、おそらく、たまたまだと思います。テストをもとに課題を作っていなかったですから。
3回目の実践(6年生)
この時の実践はまた特徴的で、
1年間、同じフレームで課題を作り、見開き1ページのノートにまとめる
というやり方をとりました。
黄色の部分が「フレーム」で毎時間同じ部分。
赤で囲っているところが自由にまとめる部分。
覚えてほしい語句と、最後の文章でまとめる部分が、テストに関係のある部分でした。
この実践で何がよかったかというと、
教科書を読む→語句の確認をする→自由にまとめる→説明を書く
という「関所」が必ずあったこと、テストの点数につながったこと
自由さは保証できていたこと、だと思います。そして、毎時間同じというのは、子どもたちにとってもわかりやすい。
ただ、この時に思ったのが、
「教科書の理解だけでいいの?」と思いました。
2回目の6年生の時と比べてはいけないのですが、2回目の子たちは、
教科書の内容を飛び出して学びまくっていました。しかし、3回目の子たちは教科書から飛びだすことはない。もちろん、文章でまとめる、ということに苦戦していた子が多かったので、8ヶ月実践して、かなり文章力はついたと思います。
でも、やっぱり社会科って、自分なりにどんどん調べていくのじゃないの?もっと資料を集めて学んだ方がいいんじゃないの?と思いました。
そこで、考えたのが
「市長選挙をしよう」という実践です。
これ12月なのですが、教科書の内容が思ったよりも早く終わったので、
発展的な内容、と捉えて行いました。でも、これが大ヒット。
授業中だけに留まらず、休み時間もずっとこの話をしていました。
選挙をするぞ、となったらなんかビラを作ったり、校長先生のところに、
アピールに行ったり・・・子どもたちの動きにはびっくり。
今まで『学び合い』をしていた時とは全然違う子どもたちの姿を見ました。そして、ちょうどこの時、『学び合い』味付け期ということも考えていました。同じ「全員達成」『学び合い』だけだとどうしても子どもたちは飽きてしまう。だから、ちょっと味付けした授業もするといいよね、という話です。
これで味をしめた私は、3学期に「討論」を行うことにします。
教科書の内容はザッと終わらせて、討論を子どもたちに提案しました。
内容は「日本国憲法9条を改正すべきか」などそういう話題で、
教科書の内容にも沿ったものにしました。
これもまた大盛り上がり。
6年生の3学期というのはどうしても宙ぶらりんになってしまうものですが、算数は中学生の内容を先取りしたり、社会科は討論をしたりと、
毎日バリバリ学んでいたし、私自身も楽しかったです。
この時に、「『学び合い』である程度集団が出来上がってくると、学びの幅も広がる」という実感を得ていました。
それから2年間の低学年を挟んで、4回目の高学年を持つことになります。
4回目の実践(5年生)
低学年を経験したため久しぶりの社会科。もちろん、最初から『学び合い』と思ったのですが、思った以上にスタートには苦戦しました。
それは、6年生の時のように、フレーム化しにくいことです。
5年生は、世界の国々のことを学んだあと、日本地理、農業、水産業、工業と学んでいきますが、グラフの読み取り方、資料の見方など、毎回新しいものが出てきて、その度におさえておかないと、子どもたちはいいかげんに資料を読み取ることがわかりました。また、「自由にまとめろ」といっても全然うまくいかず、「まとめ方」から教える必要もありました。
つまり、6年生を持った時は、5年生でそのあたりをしっかり勉強した上で『学び合い』を実践することができていた、ということがわかりました。そこで、今回は、「教科書をまとめる」という課題ではなく、
教科書の内容で、必ず読み取ること、読み取って考えること、絵や図でまとめること、文で説明することを、すべて細かく課題にし、一枚のプリントにして、子どもたちにわたし、自分のペースで取り組むような『学び合い』をしました。
詳しくはこちらに。
1年間実践して思ったことは、単元の課題をまとめてわたすことで、子どもたちは一人ひとり自由なペースで取り組むことはできるし、テストに必要な項目はかなりおさえることができたと思います。
でも、自由度がない。
新聞でまとめるということも行いましたが、あんまり続かず。なぜなら、全員が理解する=テストの点数をあげるってかなりレベルの高い課題だということに気づいたからです。
おそらく、今までの6年生の実践では、5年生までに十分「基礎」を作ってもらっていた、または基礎の身についた子たちだったから、割と自由度が高くてもテストの点数もよかったし、いろいろなことができた。
でも、(これは低学年を経験したこともあるが)
全員が分かる、理解する、点数が取れるってものすごく難しいし、みんなが分かるために試行錯誤することも、深い学びなんじゃないかな、と。
教科の本質、ってことも考えて色々な実践をしてきたけど、もしかしたら
そこに「学ぶべきことを理解してない」子がいたかもしれません。もちろん、調べたり、作ったりする学びを通して、「点数」の先にある学びは達成できているかもしれません。本当はもう「点数」なんてものを気にする必要なんてないんでしょう。学習指導要領にも点数のことなんて一言も書いてない。でもやっぱり現実は、「点数」は付きまとうし、それによって「わかった」が問われます。点数が取れない子は「分からない」「社会苦手」になるわけです。
正直、私もいろんな実践をやってみたい。ワクワクする実践をしたい。子どもたちと楽しく学びたい。でも一人でも教科書の内容が分からない子がいるんだったら「全員達成」をやめられない。そりゃ息抜きに「味付け実践」をするのはいいですよ。でも、ずっとはできないな。教科書に書いていることが全然分からない子が、ゆっくり時間をかけて、周りの子たちのサポートを得ながら、理解していくってのはとても、どんな実践よりも、尊いと思いますから。
そして、「全員達成」のためには、「テストの点数全員◯点以上」がいる。厳しいようだけど、それが一番わかりやすい。もちろん、内心は思ってますよ。「テストの点数なんてどうでもいい」と。なら、何が大事かって、「分からない」って言えること。「分かろうとすること」じゃないですか。社会科で身につけるべきことは、それからだと思います。いや、同時並行か。
うーん、でもなあ、書いてて思ったけど、あんまり点数とか全員達成とか理解とか、そんなのにこだわりすぎてたかな、とも思います。最初の年みたいに、どーんと課題を出して、子どもたちの様子を見守りながら、少しだけ絞っていくのもいいのかも。なんか今年度は、家庭学習の自学で、子どもたちのすごい学びをみたけど、それを授業でやるべきだったかも。一方で、2回目の時は、めっちゃ課題絞りまくった宿題出してたしなぁ。どっちもどっちか。いや、うーん。
今のところはこんな感じです。
追記;いや、やっぱり社会科なら社会科、算数なら算数の教科特性を学んでおかないといけないよな。この授業でどんな力をつけるんだろう、どんなことができるようになるんだろう、どんなことを学ぶんだろう・・・
社会だったり、資料を正確に読み取って、自分の考えを示す必要があるし、算数だったら数直線や図を使って表現することが求められる。
単純に、「教科書の内容が分かる」とか「問題が解ける」じゃなくて、
いったいこの教科のこの時間にはどんなことを学ぶのか、やっぱり子どもの姿から学んで、評価して語っていかないと、なんとなーくの学びになってしまうよね。上に「味付け」と書いたけど、いやそういうことじゃないのかも。
全員達成によって学びの土台を気づき、課題を達成する中で、一人ひとりの深さを求める。また、その中で教科の特性を生かした学びを行う。
こんな感じかな。
元記事↓